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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)19号 判決 1996年2月07日

愛知県東海市南柴田町ホの割213番地の5

原告

名古屋油化株式会社

代表者代表取締役

堀木清之助

訴訟代理人弁理士

宇佐見忠男

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

山田幸之

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第7036号事件について、同年11月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年3月28日、名称を「貫通式マスキング材」とする考案(以下「本願考案」という。)にっき実用新案登録出願をした(実願昭61-46718号)が、平成5年2月17日拒絶査定を受けたので、同年4月15日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第7036号事件として審理したうえ、同年11月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成6年1月17日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

硬質熱可塑性プラスチック発泡体のブロックの所定位置に、一個もしくは二個以上の被保護部分被覆貫通孔を設けたマスキング材であって、該被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最夫径よりも若干小さく設定されていることを特徴とするマスキング材。

なお、本願の実用新案登録請求の範囲の記載(平成5年5月17日付け手続補正書による補正後のもの)中の「若干大きく」は「若干小さく」の誤記であることは、当事者間に争いがない。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、本願出願前に頒布された刊行物である実公昭59-36312号公報(以下「引用例1」といい、その考案を「引用例考案1」という。)、実願昭53-33867号(実開昭54-136364号公報)のマイクロフイルム(以下「引用例2」といい、その考案を「引用例考案2」という。)及び実願昭47-143065号(実開昭49-112827号公報)のマイクロフイルム(以下「引用例3」といい、その考案を「引用例考案3」という。)の記載に基づいて当業者がきわめて容易に考案できたものと認められ、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨の認定、引用例1~3の記載事項のうち、審決書6頁3行までの各認定は認めるが、同頁4~18行の認定は争う。本願考案と引用例考案1との対比については、一致点の認定のうち、「被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されている」点で一致するとの認定は争い、その余は認める。相違点の判断については、審決書8頁10行以降の判断を争い、その余は認める。

審決は、本願考案と引用例考案1とを対比するにあたり、一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、本願考案と引用例考案1とは、「被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されていることを特徴とするマスキング材である点で一致」(審決書7頁9~12行)すると認定しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

(1)  本願考案は、車体等の塗装、メッキ、蒸着等の保護の必要な部分(被保護部分)にマスキングを施すのに用いられるマスキング材に関する。

従来は、被保護部分にテープ等を巻き付けていたが、その巻き付け取外しが極めて煩雑であるほか、マスキングが不完全になることが多くあった。

一般に、マスキング材に対しては、被保護部分に取付けが容易であること(取付け容易性)、取り付けた後では車体の移動に伴う震動や塗装の際のスプレー圧等によってずれたり外れたりすることなく確実に被保護部分を保護すること(取付け確実性)、そして塗装後は被保護部分から容易に取り外すことができること(取外し容易性)の三つの条件が要求される。

上記マスキング材に対する条件を充たすことが本願考案の目的であり、その目的達成の手段として、本願考案では、マスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用い(要件A)、かつ被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径を被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定した(要件B)。

上記硬質熱可塑性プラスチック発泡体は、軽量でかつ表面摩擦係数が低く、また、固く脆いめで手鉤等が突刺し易く、さらに、押圧力が及ぼされれば内部の気泡が潰れ、そのために永久歪みが生ずるので、押圧力が除去されても完全に弾性的に元の形状に戻らない。すなわち、永久歪みを伴う弾性変形を示す(要件Aの作用)。

したがって、このような硬質熱可塑性プラスチック発泡体を材料とするマスキング材の被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径よりも最大巾もしくは最大径が若干大きな被保護部分を被覆貫通孔に挿入すれば、被覆貫通孔の巾もしくは径は被保護部分に押されて拡大する(要件Bの作用)。このような巾もしくは径の拡大は、被覆貫通孔の内周付近の気泡が潰れることによる永久歪みを伴った弾性変形になる(要件A+Bの作用)。

以上のように、本願考案のマスキング材は、硬質熱可塑性プラスチック発泡体からなり、被保護部分をその被覆貫通孔に挿入するとき、硬質熱可塑性プラスチック発泡体はゴム等より低い摩擦係数を有しているので、リブ等を設ける必要なくして右挿入は極めて容易にできる。また、被覆貫通孔は被保護部分によって拡大されるが、その変形は引用例1のマスキング材のような全体的かっ完全な弾性変形ではなく、被覆貫通孔周囲の部分的な弾性変形及び発泡構造の破壊(気泡の潰れ)に基づく永久歪みの発生を伴うものである。

したがって、本願発明のマスキング材を被保護部分に取り付けた場合は、被保護部分は被覆貫通孔に食い込んだ状態となり、このような食い込み効果と弾性復元力によって、本願考案のマスキング材は被保護部分に極めて強固に取り付けられるのである。そして、本願考案のマスキング材は被保護部分から抜き取る時、その表面摩擦係数の低いことと永久歪みが発生していることにより極めて容易に抜き取ることができるのである。

以上のとおり、本願考案は、取付け容易性、取付け確実性、取外し容易性の三条件を充足するものである。

(2)  これに対し、引用例考案1のマスキング材は、ゴム等の弾性体からなり、断面コの字形の本体の相対する内面にリブが設けられており、マスキング材全体の略完全な弾性変形により生ずる狭圧力がリブ4、4のみに加わって被塗装部分7の表面を強度に圧迫するものである。ゴム等の弾性体は摩擦係数が大きく、そのためわざわざリブ4、4を設けて被塗装部分7と部分的接触を図って被塗装部分7の円滑な挿入を確保しているのである。したがって、取付け容易性の条件を充たさないものである。

また、引用例考案1のマスキング材は、重量が大でかつ表面摩擦係数も大きく、リブなくしては被塗装部分に挿入すると全体的に開いてしまうし、被保護部分の挿入によりリブが押圧された場合、コの字形全体が開き易く、リブに対する被保護部分の食い込み効果はほとんど期待できない。したがって、取付け確実性の条件を充たさない。

さらに、引用例考案1のマスキング材は、応力が除去されたら略完全に元の形状に復帰する上、表面摩擦係数の大きな、しかも構造破壊を伴わない実質的に完全弾性変形を生ずるゴム等が材料とされるから、マスキング材の取付け取外しの容易性及び取付け強度は、本願考案のマスキング材に比して、はるかに劣るものである。

(3)  本願考案は、前記のどおり、マスキング材に要求される取付け容易性、取付け確実性及び取外し容易性の三条件を満たすため、素材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を使用し、かっ、「被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定」することによって、前記永久歪みを伴う弾性変形を利用し、その目的を達成するものである。

本願明細書及び図面を参酌すると、本願考案のマスキング材の被保護部分被覆貫通孔には、引用例1のようなリブまたは突条は形成されておらず、そのようなリブ又は突条が形成されていれば貫通孔は実質的に被保護部分を被覆することができないので(リブ又は突条によって被保護部分と貫通孔との間には隙間が生ずる。)、本願考案の貫通孔は、このようなリブ又は突条が形成されていない貫通孔である。また、最小巾部分あるいは最大巾部分は面的なものであり、リブや突条のような線的なものでないことは明らかである。

したがって、引用例1におけるリブ4、4(第2図)の隙間及び突条4(第3図)の内径は、本願考案の貫通孔における構造、機能と異なることは明らかであり、本願考案の貫通孔の最小巾もしくは最小径に相当しないから、審決の前記一致点の認定は誤りである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)

審決は、本願考案と引用例考案1との相違点の判断にあたり、本願考案特有の作用効果を看過し、また、引用例考案2及び3の技術内容を誤認し、その結果、本願考案は、引用例考案1~3から当業者がきわめて容易に考案をすることができたとの誤った判断をした。

(1)  審決は、「後者(注、引用例考案1)のマスキング材もゴム等の弾性体とすることによって・・・前者(注、本願考案)と同様の作用をなすものと認められるから、前者が・・・弾性体として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いたことに格別技術的意義は見出せず」(審決書8頁2~13行)と認定判断しているが、誤りである。

本願考案特有の作用効果については、取消事由1において述べたとおり、マスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用い(要件A)、かつ被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径を被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定した(要件B)ことにより、被覆貫通孔の内周付近の気泡が潰れることによる永久歪みを伴った弾性変形になる作用(要件A+Bの作用)を有するとともに、本願考案のマスキング材は、<1>低い表面摩擦係数と永久歪みを伴う弾性変形を示すから、被保護部分を被覆貫通孔に挿入することが容易であり、取付け容易性の条件を充たす、<2>被保護部分にマスキング材を挿入すると、マスキング材の外周りは実質的に変化せず、内周に上記永久歪みを伴う弾性変形により拡大し、このような食い込み効果により、マスキング材がしっかり被保護部分に取り付けられる。本願考案のマスキング材は軽量であるから、取付け状態でマスキング材の自重はほとんど影響せず、このことも確実な取付けに関与している。したがって、本願考案のマスキング材は取付け確実性の条件を充たす、<3>マスキング材を被保護部分から取りはずすときは、低い表面摩擦係数と永久歪みの存在により、マスキング材を被保護部分から容易に抜き取ることができる。この場合マスキング材を手鉤等で容易に突刺して引っかけることができるし、加熱して収縮離脱させることも容易にできる。したがって、本願考案のマスキシグ材は取外し容易性の条件を充たす、という顕著な効果を奏するものである。

これに対し、引用例考案1のマスキング材は、ゴム等の弾性体からなっており、取消事由1において述べたとおり、リブを設けているうえ、重量が大でかっ表面摩擦係数も大きく、完全弾性変形を生ずるものであるから、取付け容易性、取付け確実性、取外し容易性のいずれの条件も充足するものではない。

したがって、審決は、硬質熱可塑性プラスチック発泡体の弾性変形挙動とゴム等の弾性変形挙動との差、摩擦抵抗の差及びこれらに基づく作用効果の重大な相違を考慮することなく、相違点の判断をしたものであり、この点において重大な誤りがある。

(2)  引用例2のマスキング材は、断面コの字形のカバー本体の内面にスポンジ、ゴム又は海綿状プラスチック等の弾性体を貼着したものであって、引用例2の弾性体は、「スポンジ」、「海綿状」という言葉からわかるように柔軟な軟質発泡体であるから、引用例2に「硬質」熱可塑性プラスチック発泡体を採用することが示されているという審決の認定は誤りである。

そして、このような軟質発泡体は略完全弾性挙動を示し、変形に発泡構造の破壊を伴わず、したがって、本願考案の食い込み効果は期待できず、さらに、表面摩擦係数も硬質熱可塑性プラスチック発泡体より大きいから、引用例考案2では、本願考案のような取付けの容易性、取付けの確実性及び取外しの容易性は全く期待できない。

(3)  引用例3には硬質熱可塑性プラスチック発泡体を材料とするマスキング材が記載されているが、そのマスキング材は、粘着剤層によって被保護表面に貼付けるものであり、本願考案のように貫通孔に被保護部分を貫通させるものではない。すなわち、硬質熱可塑性プラスチック発泡体の永久歪みを伴う弾性変形に基づく弾性復元力によって被マスキング面に取り付けられるものではない。

したがって、引用例3のマスキング材は、本願発明のマスキング材とは使用方法が異なり、作用効果も異なることは明らかである。

(4)  以上述べたように、審決は、硬質熱可塑性プラスチック発泡体の表面摩擦係数及び発泡構造の破壊を伴う弾性変形に基づく永久歪みを伴う弾性復元力という特殊な弾性挙動についての考慮をしていない。

したがって、本願考案に特有な作用効果は、引用例考案1からは予想することができないのみならず、引用例2、3からも予想することができないから、引用例1記載のゴム等の弾性体に換えて硬質熱可塑性プラスチック発泡体とすることは、その効果の大きさからみて、当業者が予想し、適宜なしうる程度のものとは考えられない。

よって、審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

(1)  本願明細書(甲第5号証)には、マスキング材が弾性復元力あるいは反撥弾性力を有することが記載されているだけで、原告主張の部分的な弾性変形及び発泡構造の破壊(気泡の潰れ)に基づく永久歪みの発生に関する記載はないから、原告の主張は明細書の記載に基づかないものであり、失当である。

仮に、本願考案の硬質熱可塑性プラスチック発泡体からなるマスキング材が被保護部分に挿入したとき発泡構造の破壊を生ずるとしても、マスキング材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いることは従来周知(引用例2及び3のほか乙第1~3号証)であるから、原告主張の発泡構造の破壊現象も食い込み効果も、マスキング材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いることにより付随する従来周知のものにすぎない。

(2)  審決が引用例1を引用したのは、審決における一致点に示したように、引用例1のマスキング材が弾性体からなる点について引用したのであり、引用例1には、マスキング材に関し、「ゴム等の弾性材からなる断面コ字形の部材」(実用新案登録請求の範囲)、「ゴム等の弾性材にて射出成形することによつて作られた断面が略コ字状をした部材」(甲第2号証3欄1~3行)、「弾力性のあるゴム等をその素材として用いて形成し」(同4欄7~8行)と記載されており、上記記載によれば、マスキング材は「射出成形する」ことによって作られるものであるから、引用例1のマスキング材は弾性材としてプラスチックをも含むものとして差し支えなく、原告が主張するようにマスキング材を摩擦係数の大きいゴム等と限定する理由はない。

また、引用例1には、リブ4、4に関して「相対向するリブ4、4の間隔は自転車フレームにおける被塗装部7の塗装をマスキングすべき個所の厚みより僅かに狭くなるように設計されている」(同3欄8~11行)旨が記載されているのみで、原告主張のようにリブなくしては被塗装部分に挿入すると全体が開いてしまうという記載もない。

(3)  審決は、本願考案のマスキング材の被保護部分、被覆貫通孔には、引用例1記載のリブ4、4(第2図)又は突状4(第3図)が形成されているか否かについては言及していないが、本願考案のマスキング材の貫通孔は、最小巾と最大巾もしくは最小径と最大径を有するものであるから、貫通孔の内面は一定ではなく、突出部あるいは凹部を有するものを含むものと解される。すなわち、本願考案においては、貫通孔の内面が一定ではない構成を「最小巾もしくは最小径を有する」としているのである。

一方、引用例1のマスキング材は、対設された被覆体3、3の内側周縁部に沿って相互に対向方向に突出したリブ4、4を設けている(第2図)から、当然対向するリブ4、4の間の間隔が最小巾であり、突条4(第3図)の内径が最小径となるものである。

したがって、本願考案と引用例考案1とは、「被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されていることを特徴とするマスキング材である点で一致」するとした審決の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  硬質熱可塑性プラスチック発泡体の発泡構造の破壊に基づく永久歪みに関する原告の主張が、明細書の記載に基づかないものであり、また、仮に、本願考案の硬質熱可塑性プラスチック発泡体からなるマスキング材が被保護部分に挿入したとき発泡構造の破壊を生ずるとしても、それはマスキング材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いることにより付随する従来周知のものにすぎないことは、取消事由1について述べたとおりである。

また、本願考案のマスキング材も引用例考案1のマスキング材も摩擦係数に関して格別の差があるわけではなく、引用例1には原告主張のような摩擦係数とリブとの因果関係が存在するものでもないから、原告の主張は失当である。

(2)  引用例2(甲第3号証)に記載の「海綿状プラスチック」が硬質熱可塑性プラスチック発泡体を指していることは、以下の点で明らかである。

「海綿状」とは「海綿」のように内部に多数の孔を有する状態を表す用語であり、プラスチックの分野においては、合成樹脂発泡体の通称として「海綿状プラスチック」を用いることは従来から知られている(乙第4、第5号証)。

また、引用例2においては、スポンジと海綿状プラスチックは区別して使用されておらず、この「海綿状」はプラスチックの性状を表す語として用いられているものである。

なお、引用例3については、審決は、マスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体が周知である点を引用したにすぎない。

したがって、審決が「マスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を採用することも引用例2、3に示されるように周知である。」とした点に何ら誤りはない。

(3)  引用例考案1は、審決が認定するとおり、弾性体の素材としてゴム等の弾性体を用いる点で本願考案とは異なるほかは、目的、構成、作用も一致しており、引用例1記載のゴム等の弾性体に換えて周知の硬質熱可塑性プラスチック発泡体とすることは当業者が適宜なしうる程度のものであり、本願考案の効果も予想できる程度のものにすぎない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本願考案における「被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定されている」の意義について、本願明細書(甲第5号証明細書)には、「マスキング材(13)の被覆貫通孔(13)Bの最小巾もしくは最小径(原文の「最大巾もしくは最大径」は「最小巾もしくは最小径」の誤記と認める。)は被保護部分(2)の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定されているから、一たん被保護部分(2)を挿入するとその弾性復元力によって該マスキング材(13)は被保護部分(2)に確実に強固に取付けられる。」(同3頁5~11行)、「被覆貫通孔(13)Bの径は該被保護部分(2)の径よりも若干小さく設定されているので、被保護部分(2)をマスキング材(13)の被覆貫適孔(13)Bに挿入すると、該被覆貫通孔(13)Bが拡大されてそれにもとづく弾性復元力によって該マスキング材(13)の位置ずれや脱離等がなく、強固に被保護部分(2)に取付けられる。」(同5頁5~12行)、「マスキング材(23)はそれ自体硬質熱可塑性プラスチック発泡体で構成されているから反撥弾性を有し該反撥弾性力と適度な表面摩擦抵抗によって被保護部分(2)に固定され」(同6頁14~18行)との記載がある。

これらの記載によれば、本願考案においては、貫通孔の最小巾もしくは最小径とは、被保護部分の最大巾もしくは最大径部分に接触し、それによって押し開かれる部分の最小巾もしくは最小径と解することができる。

なお、本願明細書には、単に「貫通孔」とあるのみで、その表面の形状については、何ら限定する記載は見当たらないから、原告主張のように、面的な形状であると断定することはできない。

(2)  他方、引用例1(甲第2号証)には、「部材1は主柱部2と、該主柱部を介して相互に対設された被覆体3、3からなり、しかもその内側周縁部には相互に内側方向に対向突出するリブ4、4が、また外側周縁部には外方に突出するリブ6、6がそれぞれ設けられ、しかも相対向するリブ4、4の間隔は自転車フレームにおける被塗装部7の塗装をマスキングすべき個所の厚みより僅かに狭くなるように設計されている。」(同号証3欄4~11行)及び「嵌着後においては内側周縁部のリブ4、4のみが被塗装部7の表面に接触することから、弾性材にて形成されるマスキング材1の全体より生ずる狭圧力は上記リブ4、4のみに加わることとなり、被塗装部7の表面を強度に圧迫し、塗料の流入を完全に防止する。」(同3欄31~36行)との記載がある。

これらの記載によれば、リブの間隔はマスキングすべき箇所の厚みより僅かに狭く、したがって、マスキング材を被保護部分(マスキングすべき箇所)に嵌着する際にはリブは被保護部分に接触し、それたよって押し開かれ、その復元力が働き両者は確実に固定され、塗料の侵入も防止しうるものと解することができる。

(3)  以上によれば、本願考案と引用例考案1は、「被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定されている」という構成及びその作用においで差異は認められないから、審決の一致点に関する認定に誤りはない。

原告がその他本願考案と引用例考案1とを対比して種々主張するところは、審決が両者の相違点として挙げている両者のマスキング材の素材の差異に基づく効果の相違をいうものであることは明らかであり、構成上の相違をいうものではないから、これをもって、審決の構成上の一致点の認定を論難する根拠とはならない。

よって、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

(1)  本願考案の硬質熱可塑牲プラスチック発泡体からなるマスキング材は、前記のとおり、いったん被保護部分に嵌着した状態ではマスキング材は押し開かれ、弾性復元力を生じ、被保護部分を確実強固に支持できるものであるから、その弾性変形を利用することが開示されていると認められる。

この点に関し、原告は、本願考案におけるマスキング材の変形は、引用例1のマスキング材のような全体的かつ略完全な変形ではなく、被覆貫通孔周囲の部分的な弾性変形及び発泡構造の破壊(気泡の潰れ)にもとづく永久歪みを伴うものである旨主張する。

しかし、本願明細書には、原告主張のような「永久歪みを伴う弾性変形」によってマスキング材の取付けを強固にするとの点は一切記載されておらず、明細書の記載に基づかない主張であるから、これをそのまま採用することはできない。

のみならず、昭和48年2月28日初版発行「プラスチックフォームハンドブック」(乙第6号証)、昭和56年3月20日新版7刷発行「プラスチック加工技術便覧」(乙第7号証)からも明らかなとおり、硬質熱可塑性プラスチック発泡体といっても、その物性は、素材樹脂の種類のほか発泡倍率や気泡構造の差異により大いに異なっているものであり、本願考案の構成において、発泡構造の破壊が生じるか否かは、その材質、マスキング材の厚さ、貫通孔を押し開ける力の強さ等によって左右されると解されるから、それらの条件を考慮することなく、マスキング材が単に硬質熱可塑性プラスチック発泡体でできているからといって、それを被保護部分に取り付けたとき必ず永久歪みが生じるということもできない。

(2)  仮に、本願考案がマスキング材として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いた点で、引用例考案1と原告主張のような作用効果上の差異があったとしても、以下に述べるとおり、引用例1のマスキング材の材料をゴム等に換えて引用例2記載の海綿状プラスチックないし引用例3記載の硬質熱可塑性プラスチック発泡体を採用することにより、当業者がきわめて容易に予測しうる程度のものにすぎないものである。

まず、硬質熱可塑性プラスチック発泡体をマスキング材の素材に用いたことによる作用効果のうち、原告主張の「軽量でかつ表面摩擦係数が低く、また、固く脆いので手鉤等が突刺し易い」点は、硬質熱可塑性プラスチック発泡体自体の持っ性質を利用するものであり、引用例3(甲第4号証)によって周知であると認められる(この点は、本願考案と引用例考案3との使用方法の差異には関係がない。)。

また、本願考案のマスキング材と引用例考案1とで、被保護部分への取付け容易性、取付け確実性、取外し容易性に程度の差があるとしても、この点については、引用例1の弾性体に換えて引用例2の弾性体を採用することにより、解消されるものである。

すなわち、引用例2(甲第3号証)には、鋼材の錆止養生用マスクについて、「これらのマスク(3)及び(13)はそれぞれ金属板又はプラスチツクその他、適宜の剛性又は弾性を有するカバー本体板(4)及び(14)と、カバー本体板(4)及び(14)の各内表面に貼着されたスポンジ、ゴム又は海綿状プラスチツクからなる弾性体(5)とからなり・・・カバー本体板(4)及び(14)は隠蔽すべき棒鋼材の部分表面に余裕間隙を置いて適合し、海綿状弾性体(5)が使用時においてやや圧縮されることにより、その余裕間隙を満たすようになっている。」(同号証明細書3頁8~18行)との記載があり、また、第3図には、「種々の板状端部に適用される偏平U字型の断面を有する」(同3頁7~8行)前記マスクが記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、引用例2記載のマスクは、偏平U字型の断面形状のカバー本体板と、それと同型の、すなわち、被保護部分、被覆貫通孔を有する海綿状プラスチックから構成され、前記貫通孔を被保護部分に嵌着したとき、前記被覆貫通孔が被保護部分で押圧圧縮され被保護部分に保持されるものであると解することができる。

そうすると、引用例1記載のマスキング材と、引用例2記載のマスクの被保護部分に対する取付部分に注目すれば、両者は共通の構成及び機能を有するものということができるから、引用例1の弾性体に換えて引用例2の弾性体を採用することはきわめて容易であり、これにより、本願考案と同様のものが得られることは明らかである。

原告は、引用例2の弾性体は、「スポンジ」、「海綿状」という言葉からわかるように柔軟な軟質発泡体であるから、引用例2に「硬質」熱可塑性プラスチック発泡体を採用することが示されているという審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし、前記のとおり、硬質熱可塑性プラスチック発泡体といっても、その物性は、素材樹脂の種類のほか発泡倍率や気泡構造の差異により大いに異なっているものであり、一方、「海綿状プラスチック」がプラスチック発泡体を意味し、熱可塑性プラスチック発泡体が硬質、軟質のものを含む概念であることは、周知のことと認められる(前掲乙第6、第7号証)から、原告主張のように「海綿状」を特に「軟質」のものに限定すべき理由はない。

原告主張のその余の効果も格別のものと認めることができないことは、前記判示に照らし明らかである。

そうすると、本願考案は、引用例考案1~3に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができるものとした審決の判断に誤りはない。

よって、取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成5年審判第7036号

審決

愛知県東海市南柴田町ホの割213番地の5

請求人 名古屋油化株式会社

愛知県豊田市トヨタ町1番地

請求人 トヨタ自動車株式会社

愛知県名古屋市瑞穂区弥富町月見ケ丘32番地102号

代理人弁理士 宇佐見忠男

昭和61年実用新案登録願第 46718号「貫通式マスキング材」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年10月 5日出願公開、実開昭62-156376)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

[1]本願は、昭和61年3月28日の出願であって、その考案の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて「硬質熱可塑性プラスチック発泡体のブロックの所定位置に、一個もしくは二個以上の被保護部分被覆貫通孔を設けたマスキング材であって、該被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定されていることを特徴とするマスキング材。」にあるものと認める。なお、実用新案登録請求の範囲には「大きく」と記載されているが、被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径を被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干大きく設定したのでは、マスキング材は被保護部分に保持されないことになり、考案の詳細な説明にも、被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定して、マスキング材を被保護部分に挿入したとき該マスキング材を被保護部分に保持する旨記載されているので、「大きく」は「小さく」の誤記と認め、本願の考案の要旨を上記のように認定した。

[2]これに対し、原査定の拒絶の理由に引用した実公昭59-36312号公報(以下「引用例1」という)には、ゴム等の弾性材からなる断面コ字形の部材1において、その対設された被覆体3、3の内側周縁部に沿って相互に対向方向に突出したリブ4、4を、また外側周縁部に沿って外方に突出したリブ6、6をそれぞれ設けたことを特徴とする自転車フレーム塗装用マスキング材(実用新案登録請求の範囲)が記載され、また部材1は主柱部2と、該主柱部を介して相互に対設された被覆体3、3からなり、しかもその内側周縁部には相互に内側方向に対向突出するリブ4、4が、また外側周縁部には外方に突出するリブ6、6がそれぞれ設けられ、しかも相対向するリブ4、4の間隔は自転車フレームにおけ為被塗装部7の塗装をマスキングすべき個所の厚みより僅かに狭くなるように設計されている。また主柱部2は両被覆体3、3の弾性力を保有させる(第2頁3欄4行~13行)旨が記載され、さらに、第3図は、マスキング材の他の実施例を示すものであり、自転車フレームにおける被塗装部が管状体である場合に用いるものであり、Mはマスキング部分を、7は被塗装部を、3は被覆体部分を、4は突条を、6aは凹部をそれぞれ示し、前記実施例と同様に自転車フレームにおける被塗装部7のマスキング部分Mに嵌着し、塗装後においてこれを取り外すものであり、また作用効果についても前記実施例と同様である。

以上説明した如く、本考案のマスキング材にあっては、第1に弾力性あるゴム等をその素材として用いて成形し、その弾力性による狭圧力を内側周縁部のみに集中させることにより気密性を強化することができ、これによりマスキング材と被塗装部間に塗料が流入するのを確実に防止し完全なマスキング効果が得られる(第2頁3欄41行~4欄12行)旨が記載されている。

同じく、実願昭53-33867号(実開昭54-136364号)のマイクロフイルム(以下「引用例2」という)には、これらのマスク(3)及び(13)はそれぞれ金属板又はプラスチックその他、適宜の剛性又は弾性を有するカバー本体板(4)及び(14)と、カバー本体板(4)及び(14)の各内表面に貼着されたスポンジ、ゴム又は海綿状プラスチックからなる弾性体(5)とからなり、その大きさはこれが適用される棒鋼材の規格に合せられる。すなわち、カバー本体(4)及び(14)は隠蔽すべき棒鋼材の部分表面に余裕間隙を置いて適合し、海綿状弓単性体(5)が使用時においてやや圧縮されることにより、その余裕間隙を満たすようになっている(第3頁8行~18行、第2図~第4図参照)旨が記載されている。

さらに、同じく、実願昭47-143065号(実開昭49-112827号)のマイクロフイルム(以下「引用例3」という)には、高分子発泡体片1と、該高分子発泡体片1の被マスキング面と当接すべき面に形成された粘着剤層とからなるマスキング材(実用新案登録請求の範囲参照)が、また、高分子発泡体片1の材料として、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル等が用いられること(第2頁参照)が記載されている。

ここで、引用例1の記載を検討すると、部材1の被覆体3、3間の空間部分(第1図及び第2図参照)又は被覆体部分3の内側の空間部分(第3図参照)に被塗装体7又は被塗装部7が挿入されるようになっており、また第1図におけるリブ4、4間の間隔は空間部分の最小巾を形成しており、第3図における突条4の内径は最小径を形成しているものと認められるので、引用例1には「ゴム等の弾性材からなる部材の所定位置に、被塗装部又は被塗装体が挿入される空間部分を設けたマスキング材であって、被塗装部又は被塗装体が挿入される空間部分の最小巾もしくは最小径は被塗装部又は被塗装体のマスキング部分の最大巾もしくは最大径よりも若干小さく設定されているマスキング材。」が記載されているものと認める。

[3]そこで本願の考案(以下前者という)と引用例1に記載のもの(以下後者という)とを対比すると、後者の部材、マスキング部分及び空間部分は、前者のブロック、被保護部分及び被覆貫通孔に相当し、前者の熱可塑性プラスチック体は被保護部分が挿入される際、僅かに弾性変形して挿入されるものと認められるので、熱可塑性プラスチック体も弾性体とみて差し支えないから、両者は「弾性体のブロックの所定位置に、一個もしくは二個以上の被保護部分被覆貫通孔を設けたマスキング材であって、該被覆貫通孔の最小巾もしくは最小径は被保護部分の最大巾もしくは最大径より若干小さく設定されていることを特徴とするマスキング材。」である点で一致し、次の点で相違している。

前者が弾性体を硬質熱可塑性プラスチック発泡体としているのに対し、後者はゴム等の弾性体としている点。

[4]次に、前記相違点について検討する。

前者はマスキング材を硬質熱可塑性プラスチック発泡体とすることによって、被保護部分を被覆貫通孔に挿入した場合、マスキング材の弾性復元力により該マスキング材は被保護部分に確実に強固に取付けられる作用をなすものであるが、後者のマスキング材もゴム等の弾性体とすることによって、嵌着後においては内側周縁部のリブ4、4のみが被塗装部7の表面に接触することから、弾性材にて形成されるマスキング材の全体より生ずる狭圧力は上記リブ4、4のみに加わることとなり、被塗装部7の表面を強度に圧迫し、塗料の流入を完全に防止する(引用例1第2頁第3欄31行~36行参照)という前者と同様の作用をなすものと認められるから、前者が相違点のように弾性体として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を用いたことに格別技術的意義は見出せず、またマスキング材の材料として硬質熱可塑性プラスチック発泡体を採用することも引用例2、3に示されるように周知であるから、引用例1に記載のゴム等の弾性体に換えて本願考案のように熱可塑性プラスチック発泡体とすることは当業者が適宜なし得ることと認められ、その奏する効果も当業者が予想できる程度のものにすぎない。

[5]したがって」本願考案は、引用例1~引用例3に記載されたものから当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年11月26日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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